気持ち

父のバースデー

今日は父の77歳のお誕生日でした。

お仕事の合間に、ケーキを届けようと思って母に「ケーキ買って寄るね~。」と

電話を入れてみたら、母が「もう注文してあるよ。」と。

父にサプライズでケーキ屋さんへ注文しにいったようですCt3rbw3acna3

せっかくなので、三人でランチに出かけることにしました。

離婚してひとり親になった私は、ずっと両親に心配をかけていて申し訳ないけれど

両親が元気で仲良く過ごしてくれていることが、とても有難いですCtyfndjxe86l

お祝いに行ったつもりが、結局、子供たちと私にいっぱいおやつを買ってくれたり

午後からのお仕事の訪問先が車で行くと駐車が不便な場所だったので

父の車で営業先まで連れて行ってもらったり(←しっかり、受注に至りましたPhoto_2

私もハッピーな一日でしたS33120z0310_2013em_010


 

2016年を振り返って

今年は、1年前には予想もしていなかった転機が訪れた一年となりました。

切っ掛けは身内が経営している会社(訪問介護事業とマンション経営)を

将来的に引き継いでほしいと誘われたことでした。

春から本業のお仕事がお休みの日に、介護の学校に通い

初任者研修と実務者研修を修了しました。

今のお仕事もちょうど10年目に入り、とても楽しくてかなり迷いましたが

収入面の安定や将来性を考えて、来春(4月から)転職することを決めました。

子どもたちの通学や私の通勤にも便利な立地に、社宅も用意してもらい

今月、お引越しもしました。

年明けからは、広告営業を後任へ引き継ぐ業務が始まります。

これまでにも何度か迎えた、人生の転換期。

振り返ってみると、いつもその度に、自分で選択した決断を

“良かった”と思える道に繋げて来れたので

今回も、きっとそうなると信じて、新しい道を進みたいと思いますS33120z0310_2013em_010

三日月&娘からのプレゼント

今日の三日月、可愛かったですPhoto_2

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今日、また一つ歳を重ねてしまいましたPhoto

すっかり“おばちゃん”と言われる歳ですが、自分自身では

想像していたよりは、おばちゃん化していないと信じていますPhoto_3

娘が朝起きてきて、「はい1お母さん、お誕生日おめでとうPhoto_4」と

シュシュをプレゼントしてくれましたPhoto_5

いつまでも素敵なシュシュが似合うようなお母さんでいれるよう、頑張りたいですS33120z0310_2013em_010

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一本の電話

一昨日のこと・・・

帰宅すると自宅の留守番電話に男性の声で

「○○(フルネームで)の家族のものですが、○○の件で

お伝えしたいことがあります。」と。

留守番電話に録音されていた『○○』と言う名は

私の小学校3,4年生の時の恩師でした。

すぐ折り返し着歴の番号に電話をしてみると

○○先生のご子息と名乗る男性が出て、訃報のご連絡でした。

6年生の時、私が転校してからも○○先生とは長いお付き合いで

中学生の時には先生のご結婚式にも招待していただき

その10数年後には私の結婚式にもご出席していただきました。

最後にお会いしたのは、18年前。(私の結婚式の時)

ずっと年賀状で交流があったことを、息子さんが気付いて下さり

「もしかして、ご縁の深い方なのでは・・・。」と電話を下さりました。

昨夜、18年ぶりの対面は、葬儀場で優しい笑顔で微笑む先生の遺影でした。

きっと先生がご子息を通じて「顔を見せにおいで。」と、私を呼んで下さったのだと思います。

弔問では、お別れの言葉ではなく、たくさんの感謝を込めてお礼を伝えて来ました。

これからも先生が天国から「chikoちゃんらしいな。」と笑って下さるような私で居たいと思いました。

珍しく重い気持ち・・・

タイトル通り、今日は凹んでしまいましたPhoto

と言うのも・・・

今日は娘の塾の日で、その前に早めの夕食を終えた直後、ささいなことで姉弟喧嘩が勃発。

ちょっと激しくなって姉弟で手を出し合う喧嘩に発展。

で、娘が買ったばかりのメガネのフレームが歪んでしまい、私に怒られた子供たちはドンヨリしながら

娘は塾へ。息子は入浴。

眼鏡を購入したお店がまだ閉店前で、明日は定休日でお休みだったので、私はメガネを持ってお店へ。

お店の店主さんは学生時代の同級生で、私の事情を聞いて笑いながら

「大変やな~思春期やもんな~。」とメガネを直してくれました。

何だかその言葉にホッと救われた気がして、塾から戻った娘とお風呂から上がった息子に

どう話をしようか考えながら帰宅。

そこまでは、何気ない出来事だったのですが・・・

帰宅して、母に電話で経緯を愚痴っている時に言われた一言が

「○○くん(←別れた元夫)がいたころは、そんな喧嘩してなかったんじゃないの?」と。

電話は笑い話で普通に終えましたが、私、この言葉に一瞬でかなり落ち込みました。

私一人じゃ足りてないのかな・・・

身内でさえそう思うってことは、子供たちが人並みに喧嘩をしたとしても世間からは

“父親が居ないから”って思われるんだろうな・・・

多分、どんなに色々頑張っても片親ってことで物足りなく思われちゃうんだろうな・・・

私が誰かに愚痴ることで、子供たちがかわいそうな子に思われるのかも・・・と、色々考えちゃって。

息子は、お姉ちゃんが塾から帰宅する前に早々と就寝。

娘は、帰宅してメガネが直っていることを知り、「お母さん、ごめん。ありがとう。」と。

その言葉を聞いて、私は私が出来ることを精一杯頑張れば大丈夫。と自分に言い聞かせた夜でしたPhoto_2

光と影

いつも、いつも「元気いいね!」と言われる私ですが

時には、ドンヨリしちゃう時もあります。

けど、人前に出るとドンヨリ気分を隠してしまうので

年中、元気キャラで通っています。

もちろん、「いつも元気だね。」とか言われるのは

私にとって最高の褒め言葉で嬉しく思っていますが

一体、本当の自分はどんな私なのか、自分でも分からない時があります。

せっかく笑えることが出来る生き物(人間)に生まれたし

いつも笑って過ごしたいと思っているので、このままでいいのかな。

基本的に写真も、明るく元気で優しい雰囲気を写しだすのが好きですが

最近、光と影の出る風景にも目を向けるようになりました。

なかなか上手く撮れませんが、暗闇の中で光を浴びている場所も

美しいなぁ・・・と発見しましたPhoto_2

少しずつ、素敵な光と影の写真が撮れるように練習したいと思っていますPhoto_3

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『現在』(離婚後の振り返り4)

離婚後、元夫と私は夫婦を解消し離れた生活を送ることで、実のある会話が出来るようになりました。

「子供たちは元気か?」「様子はどうや?」と、元夫は離れて暮らす子供たちのことを尋ねてきます。

思えば生活を共にしている時には無かった問いかけです。

離れて初めて、私たちのことを気にかけてくれるようになったかも知れません。

“時々会うお父さん”は子供たちの目にもきっと、今の方がいいお父さんになったと思います。

私は元夫の妻は務まらなかったけれど、元夫とは子供たちの父親として良い関係でいれればいいなと思っています。

 

実家に戻った元夫の元に、子供たちが遊びに行くこともあります。

そこには私たちが別れても、子供たちのおじいちゃん、おばあちゃんがいます。

困った時に子供たちが頼れる場所は、私の実家だけでなく、父親や父方の祖父母もみんなが見守ってくれています。

元夫も私も子供たち両家のおじいちゃんとおばあちゃんも絆は変わりません。

子供たちの結婚式には、みんなが出席してくれる関係を保っていければいいなとも思っています。


娘へは、とにかく娘を愛してくれる、頼れる男性と出逢って欲しいです。

共に思いやり大切にし合える人と愛し合い結婚して欲しいです。

そして、かわいい奥さんで居続けてほしいです。


息子へは、妻や子供を守れる男性になってほしいです。

妻や子供を守れるのは夫だけなんです。

夫が守れなくて誰が守れるのか、家庭を大切に出来る人になってほしいです。


最後に・・・

今回、私が今の気持ちを綴る切っ掛けを与えてくれたTさん、ありがとう。

私のブログをたくさんさかのぼって読んでくれて「励まされた。chikoさんみたいに前向きに進みたいと思った。子育ても今も母として楽しみたい。」と言葉をくれたことが嬉しかったです。

私もかつて“心に残る言葉”で励まされたことを思い出しました。


そして、今奥さんがいる男性がもし読んで下さっていたら・・・

奥さんにぜひ、「ありがとう」や「おつかれさま」の一言をかけてあげてほしいです。

子育てや家事に勤しむ女性にとって、夫からの一言が一番嬉しいものです。

妻をかわいい女にするもしないも夫次第だと思います(^^ゞ

少しくらいのやんちゃは男としてあってもいいような気がしますが、それでも妻や子供を不安にさせないけじめは必要だと思います。

心のすれ違いは、日々の小さな思いやりで回避できます。


また、今、夫婦のことで悩んでいる女性が読んで下さっていたら・・・

夫婦ってぶつかり合って、理解しあって、歩み寄って、長い年月をかけて絆を深めて行くのだと思います。

出来ることなら離婚の選択なんてしない方がいい。耐えることも必要だと思います。

でも必ずしも耐えて頑張り続けることが100%正解では無いのだと思います。

経済的なことや将来に不安を感じて離婚できないと悩んでいるうちは、悪循環から抜け出せないと思います。

まずは、夫に依存しなくても生きていけるよう努力をしてみてはどうでしょうか。

“どうして自分だけが”とか“どうして私の気持ちをわかってくれないの”と言う気持ちを夫から外に向けて、自分磨きのエネルギーに変えてみると、きっと世界が開けます。

自分が変わることで、離婚をせずに結婚生活を続けて行けるのなら、それはそれで素敵なことです^^


昨日から綴りだした離婚の振り返りですが、温かいコメントやメールフォームからメールをくださった方々、ありがとうございます。

人間なので結婚だって失敗しちゃうこともあります。

けど、その失敗を失敗で終わらせず糧にすればいい。

まだまだ手探りな人生ですが、笑顔で過ごせる日々を送ろうと思います(*^-^)


<子供たちが小さいころの写真>

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『離婚しても父と母』(離婚後の振り返り3)

私は子供たちに両親揃ったアットフォームな家庭を与えてあげれなかった。

でも、お父さんとお母さんであることに変わりはありません。

家や名前は違っても家族として集うことが出来る環境だけは続けたいと思っています。

離婚前は家族四人で食事に出ることは殆どありませんでしたが、今は元夫の誘いがあれば4人で食事に行ったり子供たちの学校行事には参加してもらったりしています。

周囲からは、離婚してるのに?と見られることもありますが、離婚という選択をしたから得ることのできたひと時です。

元夫には、離婚を申し出た時も「私はあなたの妻では居られないけど、子供たちの父親では居てほしい。」と伝えました。

離婚話が出る理由を理解できない元夫との話し合いは連日続きましたが、皮肉にもそうなって初めて10年近くの私の想いに耳を傾けてくれたように思います。

元夫は今までの自分の言動を初めて振り返ってくれました。

でも、モラルハラスメントは、加害者に罪の意識は無いそうです。

いつも自分が一番正しいと思っているので、相手を傷つけたり追い込んだりしていることは認識出来ないいわば治ることは難しい病気です。

時にとても優しい元夫に“この人は病気なんだ。私が我慢すればいいこと。”と思ったり、“やっぱり子供たちに父親は必要なんじゃないか。”と考えたり、葛藤があったことも確かです。

それでも私は、“この先の10年後に今を後悔したくない気持ち”が固く、離婚の決意は揺るぎませんでした。

離婚の意思を伝えてから、半ば強引に届けに印をもらい役所へ提出するまでの日数は僅か10日でした。

元夫も何が何だかよく事態が呑み込めていないような様子でしたが、短期間で決着したかった大きな理由の一つに、これからの子供たちの為に争っている姿を見せたくなかったことがあります。

幸い私たちは、普段から言い争ったりすることも無かったので、子供たちの心の傷を最小限に留めれたかも知れません。

離婚を選択したとことで子供たちには多大な重荷を背負わせてしまったかも知れない。

それでも、私は大切な子供たちの未来の為に間違った選択はしていないと信じたいです。

(離婚後の振り返り4へ続く)


<子供たちが小さいころの写真>

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『モラルハラスメント』(離婚後の振り返り2)

離婚を決意する理由になった一つに『モラルハラスメント』と言う言葉を知ったことがあります。
(参考サイト⇒ All About  http://allabout.co.jp/gm/gc/301547/

自分がモラルハラスメントを受けているのではないか?と思うなら専門機関に相談するように促された文面を読み早速、無料相談へ足を運びました。

そこで、幾つかの自宅での夫婦の会話を話しました。

例えば・・・

・おトイレ、洗面所、お風呂、自室、テレビなど使った電気を全く消さない夫に「電気を消してほしい。」と言うと
「気が付いてるのに消さないお前が悪い。」と言われる。

・子供が風邪をひいたり怪我をしたり、私が体調を崩すと「お前の管理が悪い。」とか怠けているように言われる。

・繰り返す借金を「自分のせいじゃ無い。お前がそうさせてる。」と言われる。

・経済的な状況から仕事を始めたが「お前のやりくりが出来ていない。」とか「お前が勝手に働いてる。」とか言われる。

・子供が元夫に反抗すると「お前が言わせてる。」と非難してくる。

・何を話していても共感せず、否定してくる。

子育ても家事もノータッチの夫・・・同級生夫婦で元夫以外の男性と交際をしたことがない私にとって、“夫”とはこんなものだと自分に言い聞かせているところもありました。

いつも“私がちゃんとしないといけない”と言う気持ちに急き立てられたいたように思います。

でも、専門家に「それは、間違いなくモラルハラスメントです。」 と言われました。

同じ頃、そう言った言動が子供にも向けられていることに気が付きました。

ある日、そう言った言葉を子供に発し、理不尽な言葉で子供を抑えこもうとしていた元夫を見て離婚を決意しました。

子供たちに私の気持ちを話しました。

子供たちは、「いいよ。」と。

もしかすると、ずっと傍で見て来た子供たちが一番、私の気持ちを分かってくれていたのかも知れません。

その選択は、いい訳ないことは十分に分かっていたけれど、このまま4人での生活を続けて行くことと、子供たちと一緒に元夫の傍を離れること、私の中にどちらを選ぶか迷いはありませんでした。

(離婚後の振り返り3へ続く)

<子供たちが小さいころの写真>

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『心に残る一言』(離婚後の振り返り1)

ブログをスタートしたのは、2001年8月12日です。(まだ、“ブログ”と言う言葉は無かった時代です^^)

休眠時期も含め、かれこれ10年間に渡り綴ってきた文字の中に自分の歴史を感じます(^^ゞ

今、一番残しておかないといけない気持ちは、『離婚について』ではないかと思い

『気持ち』のカテゴリに綴っておこうと思いました。

私には、この10年程の間に何度も思い出す『心に残る一言』があります。

子供たちが乳児の頃に、近所にある自転車さんの奥さんが言ってくれた一言です。

当時、勝手気ままに出かけて殆ど家に居なかった自由人の夫と、小さな子供たちの子育てに追われる日々で精神的にも経済的にも余裕がありませんでした。

その時は団地の5階に住んでいてエレベーターも無く、それでも子供たちを連れて食材や日用品を買いに出ないといけないので階段の上り下りが出来る程度の少量ずつを日に何度か買い出しに出ていました。

暑い夏の日曜日で、周囲はお父さんが買い物袋をぶら下げていたり子供をあやしているのに、いつも一人で小さな子供たちを連れて何度も買い物に出ないといけない自分、行き先も帰宅時間も分からない夫…情けないやら悲しいやらで暗い気分で歩いていると「こんにちは。」と声をかけてくれたのが近所にある自転車屋さんの奥さんでした。

きっと、身にも構わず泣きじゃくる子供たちを引き連れて、うつむいて歩いていた私の姿はとても幸せからはかけ離れた見た目だったと思います。

けど、その奥さんが私に言った一言は、「羨ましいわぁ~」と。

“えっ?何が?”と思った私の表情に気付かれたか気付かれていないかは定かではありませんが、続けて「うちの子はもう成人してるから、こんなちっちゃい赤ちゃんの子育てが出来るのがホント羨ましい!」って。

私、かなり単純ですが、その言葉に世界が一変した気がしました。

“そっかぁ。子供たちが赤ちゃんなのは今しかないんだ・・・もっと、今を楽しまないと!”って感じで(^-^o)

その頃から、夫に何かを望むことをやめて、自分で出来ることを探り始めた気がします。

お金が足りなければ自分で働けばいい、してもらえないことは自分で出来るようになればいい。

女性としては可愛げのない生き方だと思いますが、変わらない相手に期待をするよりも、変わって欲しいと願う自分から脱却する方が楽な選択にも思えました。

(離婚後の振り返り2へ続く)

<子供たちが小さいころの写真>

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